本日は異端なメンタルセラピストとしてお話しさせていただきます
実は昨年から「自傷行為」をされているお子さんのお話しを直接的にも間接的にもお聴きする事が増えております
自分が自分でいるという所在の確認を外側へ求める時に、または、自己の生存の確認のために、リストカット、レッグカット等を繰り返し、自身の体に傷をつけ痛みを通して確認しようとしてしまう行為です
自分の子供が、子供の友達が、その状態であることを受け入れる時に、きっと経験のない方は自分の価値基準を越えた行為に愕然としてしまうでしょう
「このような状況だから、このようになっているのです」という精神医学書に書かれているような言い訳を当てはめたりもして、安心しようとするでしょうか
実際、この行為に良いとか悪いとか、ショックだとか、そんなことを感じたり考えたりする事が無駄です
なぜ?
どうして?
という疑問はますます子供達を追い詰めてゆきますし、受け取った方も感情に振り回され、苦しみます
原因を細かく見て行ったとしても、体にも心にもすでに傷が残っているのです
最近では、お互いに支え合う、というのも可笑しく聞こえるでしょうが、10代の子供達は自分の傷の写真を友人に送り、自分の所在の確認をされていたりもします
そうしてしまうような環境のせいなのでしょうか?
そうしてしまう子供達のせいなのでしょうか?
そうさせてしまった保育者のせいなのでしょうか?
どれも違うのではないでしょうか
原因を聞けば、沢山を話してくれますし、どれも発達段階の子供特有の悩みです。どうしようもない生活環境下の子もいますし、生まれながらに感受性が豊か過ぎて生きにくい子もいます。子供達は本当にたくましく生きています
生きる、生きているという確認を無意識が出した結果がその行為しかなかったのでしょう。ただのそれだけです
そして、我に返った時にしてしまったことの後悔だけが残り、挙句、再び自己否定をし、また行為を繰り返してしまうのです
してしまった事への後悔
ここに私たち大人が介入することができる唯一の空間が存在します
後悔丸ごと受け止めてあげてください
「痛かったでしょ」たったこの一言で変わるんです
痛みを一緒に感じてあげてください
怪我をせずに大人になった人は居ないのですから、痛みは共通の感覚のはずです
そして、後悔なんてしなくていいんだと、寄り添ってあげてください
私たちは沢山の失敗と後悔を繰り返して、大人になったのです
その為にはまずは受け入れる大人が自分の経験や感情を抜きにして出来事を捉える視点を養う事です
自分を傷つけず、このままの自分でも良いんだという確認を大人が投影者となり、子供達にさせてあげられる自分をまずは作ってください
そうする事で、一人でも多くの子供達が豊かに生きやすくなるのではないでしょうか
是非とも良い伴走者となり寄り添って頂けたらと切に願っております
If you change, the world will change!!
Only love won!!
本日もご縁に感謝です🙏
お読み頂きありがとうございます
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