しんとした一面の銀世界に心奪われた今朝でございます
本日は私の話をさせていただきます
自己紹介と思って頂ければよろしいでしょうか
現在はセラピストとしてお話を伺っておりますが、寺族としてこれまでもお話を伺っておりました
私がお寺に嫁いだのがちょうど16年前の本日。法華経の大宇宙とご縁を交わした日でもあります。当時23歳でありました
福島から愛知に嫁ぎ、知り合いもいない環境で子供を産み育て、お寺という宗教理念の中で生きていくには自我を徹底的に無くすという、若かった私には「さ、今から他人になりましょうか?」というくらいの途方もなく辛い作業の始まりでありました
因果論から徹底的に過去を省み、懺悔をひたすらに手を合わせお経を唱え、太鼓を撃ち、今ある全ては御神仏の加護のお陰様であると信じ抜くのです
どんな出来事にも他者を敬い、礼拝し、全ては自分の因果なのだと受け入れ続けるのです
知識として得られたものは大宇宙の真理でありましょうか、そして体験として得られたことは私の今の基盤となっておりますのは確かでございます
しかし、14年が過ぎた頃、現実との折り合いがつかなくなる出来事が幾多にも重なり、お寺から物理的に距離を取る必要を感じ、離れることと致しました
それが2年前でしょうか。それからセラピストとして沢山の事を学ばせて頂いております
いざお寺から離れてみますとこの世界が素晴らしく眩く輝いて見えるのです。とても不思議な感覚であります
太陽は暖かく、川はいつも悠々と流れ、海はどこまでも広いと改めて感じたものです
日常生活の些細なこと全てに感動しておりました。電車に乗るだけで楽しく、人と笑い合い話すことがこんなにも素晴らしい事なのかと
では私はいったい何に囚われていたのか
お寺という環境の全てなのか
もしかしたら私は「真理」という信念の幻想をみていたのか
私が囚われていたのは他でもなく、私自身だったと腑に落ちた瞬間でありました
「真理」はすべてここにある
私は今、この世界を生きていてちゃんと感じているのだと一間を実感しております
そして、御神仏との関わり方も180度変わり、もう一度出逢い直しをさせて頂いている現在であり
私が私としてどう社会と向き合い何を還元しうるのか、今も道の途中であります
セラピストとしてメンタルケアを主軸としておりますが、お力になれることがございましたら、気軽にお声をかけて頂ければ幸いです
全てを受け入れて頂き、また新たに迎え入れて頂きましたお寺の皆様、そして、ブログを読み、応援して頂いているご縁ある皆様にも感謝しております
まだまだ寒い日が続くようです
皆さまどうぞお身体ご自愛くださいませ
本日もご縁に感謝です🙏
お読み頂きありがとうございました
お会いできる日を楽しみにしております
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